東京高等裁判所 昭和38年(う)1770号 判決 1963年12月12日
被告人 岩井博
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三年六月に処する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は検察官中本広三郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人依光昇、同小坂長四郎提出の各答弁書記載のとおりであるからいずれもここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
検察官の論旨は、原判決が被告人の本件行為を強盗未遂罪と認定し、懲役三年、四年間刑の執行猶予の言渡をしたのは、法令の解釈適用を誤り、且つその量刑が軽きに失するものであると主張する。
(法令解釈適用の誤りについて)
所論は、原審が、強盗傷人罪の傷害は単純傷害罪の傷害とは異り、本件の如き軽微な傷害(皮手袋をはめた右手で強く被害者の左頸部を、左手でその右肩を押えつけ、そのはずみで倒れた被害者の上に乗りかかる等暴行を加え、その左頸部に長さ一、五糎、巾一糎の赤疹が生じたこと)は強盗傷人罪の傷害には当らないとしたのは法令の解釈適用を誤つた違法があると主張するので、まずこの点について考察する。
刑法第二百四十条によれば、「強盗人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス」と定められており、本条の強盗には刑法第二百三十六条の強盗のみならず、第二百三十八条第二百三十九条により強盗を以て論ずべき犯人を含むと解せられ、また強盗が未遂の場合でも本罪は成立し第二百四十三条は適用がないとせられておる(最高裁判所昭和二三年六月一二日判例集二巻六号六七七頁参照)ので、本件のように、犯人が被害者の大声を上げたのに狼狽し、暴行を加え軽微な傷害を与えたが一物をも得ずして逃走したような場合でも、右傷害を刑法第二百四十条にいわゆる「人ヲ傷シ」た場合にあたるものとする限り、犯人は強盗傷人の既遂の責を問われることとなり、これに酌量減軽を行つても、執行猶予を言い渡す余地はないこととなるのであつて、このような苛酷な結果を避けようとして、同条にいわゆる傷害を単純なる傷害罪の傷害とは別個に解釈しようとする傾向があることは必ずしも理由がない訳ではない。しかし従前の判例の推移を概観すると、これはいわゆる伝統的な解釈から逸脱したものと認められるのであつて、当裁判所として未だこれに賛成することはできないのである。即ち検察官論旨引用の各判例に徴するも、強盗傷人罪における傷害は傷害罪の傷害とは別異のものと解する余地はなく、更に強盗犯人が短刀で脅迫中相手が短刀を握つたため傷害を生ぜしめた場合にも強盗傷人罪の成立を認めた判例(最高裁判所昭和二四年三月二四日判例集三巻三号三七六頁)の存することを考えると、同条(強盗傷人罪)の傷害の場合をも含むことがあるものとなさねばならぬ訳であつて、特にこれを傷害罪よりも高度の傷害の結果を生じた場合に限定する根拠はいよいよ薄弱になるものといわなければならない。即ち原審はこの点において法令の解釈適用を誤つた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官の論旨は理由がある。
なお原審は、被告人の暴行により前示のような「赤疹」を生じたものとし、未だ傷害の程度に達しなかつたものと認めたような表現を用いているが、被告人が被害者に与えたものは、「長さ一、五糎巾一、〇糎の擦過傷」であり、右傷害は「傷を消毒して汚さなければ化膿しない」が、化膿しないよう消毒薬(本件においてはマーゾニン)を施用し、なお傷の部分を清潔に保つよう指示を与えたと云う意味で「五日間の加療を要する」ものであつたことは、医師草間邦夫作成の診断書並びに当審における受命裁判官の同人に対する証人尋問調書の記載を総合することによつて、明らかである。要するに、検察官の論旨は理由があるからこの点において原判決を破棄すべく、量刑不当に関する論旨に対する判断はこれを省略する。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により原判決を破棄し同法第四百条但書により、当裁判所において更に判決をする。
(罪となるべき事実)
被告人は昭和三十八年二月頃、家業の手伝をしているうち集金した水道工事代金を無断で携帯し、諸所を遊びまわり、同年三月二日取手競輪場で所持金の殆んど全部を使い果したため、他人の家に押し入り金員を強取しようと考え、同日午後五時三十分頃茨城県北相馬郡取手町大字台宿不動台六百三十九番地岡田宏方に至り、同家が右宏の妻とみ子(当時三十二年)の外家人がいないことを見届けた上、同日午後五時四十五分頃再び同家に至りその風呂場入口から屋内に侵入し、その隣りの台所に来てこれを発見した岡田とみ子が驚いて大声をあげると、矢庭に手袋をはめたままの右手で強くその左頸部を押えつけ、左手で同女の右肩を押し、其の場に倒れた同女の上に乗りかかる等の暴行を加え、更に近くにあつた庖丁を取ろうとして右手を差し伸すような態度を示して同女を脅迫し「金を五千円出せばおとなしく帰る」などと云つて金員を強取しようとしたが、同女が隙を見て屋外に逃れ援を求めたので、金員強取の目的は遂げなかつたが、右暴行により同女の左頸部に長さ約一、五糎巾一、〇糎の、全治までに約五日位を要する擦過傷を負わせたものである。
(証拠)(略)
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人の所為中住居侵入の点は刑法第百三十条罰金等臨時措置法第二条、第三条に、強盗傷人の点は刑法第二百四十条前段に該当し、その間手段結果の関係があるから同法第五十四条第一項後段、第十条により、重い後者の刑に従い、その有期懲役刑を選択の上犯情に鑑み同法第六十六条第六十八条第三号により酌量減軽をした刑期範囲内で被告人を懲役三年六月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人に負担させるものとする。
以上の理由によつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤嶋利郎 荒川省三 小俣義夫)